初めての看取り |
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2022年 11月 07日
10月も終わり近い頃、母が旅立ちました。
昨年9月にステージ4の胃がんが見つかり、1年2ヶ月の闘病生活でした。 8月末に3度目の入院をした頃は、秋田もコロナ第7波の真っ只中。 しばらくは面会もできない日が続きました。 10月に入り、もう残り時間が少ないこと、個室であったことなどを配慮して頂き、主治医が付き添いの許可を下さいました。 何日か病室に泊まって見ましたが、流石に私も若くなく、10年前に義父や夫が入院した頃とは疲れ方が違います。 しかも夜間に私がしてあげられることは少なくて、考えた末に泊まらずに夕食の介助に通うことにしました。 夕方は母が寂しそうで、私も寂しかったので、一緒に過ごそうと思いました。 胃がんの末期は、腹水が溜まり、食べることも難しいのが常らしいのですが、母は最後まで腹水も痛みもなく、前日までおかゆやゼリーを食べることが出来ました。 最後の朝、病院から電話が来て駆けつけました。 素人目にも明らかに昨日までとは違うのがわかり、覚悟を決めて見守りました。 夜になり、少し持ち直したようにも見えましたが、徐々に呼吸が間遠になり… 看護師さんに「声をかけてあげて下さい」と言われ、母の髪を撫でながら「お母さん…お母さん…」と呼びかけ続けました。 夫が来てくれた時は、心電図は既にフラットだったようでした。 主治医を待つ間、夫が「首の後ろは最後まで暖かいんだよ」と教えてくれて、触れてみるとまだ生きた暖かさ。 死亡確認の後、弟に電話し、葬儀会社に電話し、病室を引き払う準備をし、忙しい時間が始まりました。 そのような中、看護師さんたちと言葉をかわしながら、母の身体を清め、着替えさせ、お化粧をしてあげる。 その時間は穏やかで、心が救われるような、忘れがたいものでした。 25年前、父が60代で急逝した時、私は海外にいました。 知らせを受け、飛行機を乗り継いで、なんとか火葬に間に合ったものの、父は既に納棺されていました。 義父は施設で亡くなったので、最後に会えたのは亡くなる2日前。 今回が私にとって初めての看取りでした。
by kurokam
| 2022-11-07 21:26
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